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2011年6月12日 (日)

動いている-ここ2週間の私-

 ここ2週間ほどの流れをまとめて・・・。

◎6月3日(金)は、D-pca研究会。イギリス、レスター州、ナバローで行われた第6回リビング・ブッディズム・カンファレンスの報告をした。同行された方のスライド、私の発表ビデオを見ながら報告し、そこにみんなの意見が絡んでいくいつもの自由な展開となり、自分に届いている仏法に改めて目を向ける時間となった。また、このカンファレンスで感じた違和感にも思いを致すことになった。かのカファレンスでは、目が外に向いている。そこに違和感を感じた。

  仏法に出会うということは、自己をみる鏡をもらうことであり、その鏡を通して、自己の本当の姿をしっかりと見つめさせられると言うことである。仏法という鏡に照らされる自己は決して美しいものではない。欲に満ちた、汚い自分を見せられることである。また、そこに思いを致すことすらない無明の自分を見せられることである。それは、決して心地よいものではないが、そこに心から思いを致させられた時、仏さまの暖かい慈悲と明晰な智慧に出会うということでもある。こんなことを思った。

 「仏道をならふというは、自己をならふなり(道元禅師)」、「弥陀をたのめば、南無阿弥陀仏の主になるなり、南無阿弥陀仏の主になるというは、信心をうることなり(蓮如上人)」、「自信教人信(親鸞聖人)の言葉に思いを致す。

 

◎大学の授業が続く。休講にさせていただいたぶんその補充が続いている。若い学生達の目は眩しい。自分が探求してきたことを学生と共有できることはかけがえのないこと。若い人の反応はおもしろい。時に言葉にして返してくれると同時に、雰囲気でも返してくれる。深く感じている雰囲気を出してくれる時もあれば、とまどいや疑問の雰囲気を醸し出してくれる時もある。その時は大抵自分の中で探求中であったり明確になっていなかったりである。この交互作用はなかなかのものである。エネルギーに満ちあふれている。

 

◎その合間にカウンセリング面接も入る。人に自分自身を心置きなく表現出来る時、何かが動き出す。確かに何かが動き出す。そこに妙味があるといつも思う。

 

◎この7月2日から13日まではメキシコに行くことになっている。何がどうなったのかWAEH: The World Association of Eclectic Hypnotherapists(「国際折衷的催眠療法学会」とでも訳す)のカンファレンスに呼んでいただいた。昨年参加したロシアPCAフォーラムで知り合った人の縁である。仏教を基にしたアプローチに関心があるとのこと。そこで、話しとワークショップをしてくることになっている。先方からの問い合わせに思わず参加すると表明したけれど、ちょっとプレッシャーになり始めてきている。これからその構想をまとめなければならない。ま、自分の無謀さに乾杯ってところだ。やるっきゃない。それにしても思わぬことが起きる。

 IMG_0631(友人より)

 

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