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2019年3月16日 (土)

メモ:D-pcaでは「育つ」に二重の意味がある-その2

 D-pcaの二つの「育ち」について、前回このブログに書いたものより整理された形になってきましたので、同じテーマで再度ここに載せます。

 D-pcaには、「育つ」に二重の意味がある。一つはPCAでいう「一致」。もう一つは、真宗でよく言われてきた「お育て」。

 最初の、「一致」は、私たち有機体に流れている体験、特に刻一刻変化している自分の感情の流れに気づき、それにオープンになっていくこと。これは有機体が本来持っている力である。PCAの成長目標の1つである。

 次の、「お育て」は、仏陀の世界と衆生の世界があまりにも違うために仏陀のメッセージが届かない。それをあらゆる手段を講じて衆生に働きかけてそれを受け取れるような力量に育て上げていくという働き。これが衆生の身の上に確かに起きていく事。それは、窮極的には「転ずる」というところまで行く。廻心だ。それは連続線上のものでもない。衆生を育て、転じさせてみせようという言葉に尽くせない大いなる仏願の働き。これは衆生(人間)の力ではないが、法の働きによって動かされていき、それに気づく力が人間にはある。

 この2つはやはりすれ違うぐらい違っているもの。次元が違う。だから安易な会通はいけない。が、D-pcaにはこの二重の働きがあって、おもしろいところでもある。ただし、ちょっと複雑で捉えにくいものでもある。

 私のメモでした。西光義敞先生が「育ち合う人間関係」とおっしゃっていたのにはこの二重の意味があったのかと今気づいた次第です。

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