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2019年5月 1日 (水)

4月のD-pca研究会-仏教は心理療法

 先週、4月26日(金)は月例D-pca研究会。西光義敞先生『入門 真宗カウンセリング』を読み進める。第八章「四諦・八正道」に入り、「諦」、「レジメについて」、「仏教は心理療法」の節を読み進めて行く。

「諦(たい)」の意味について確認する。これはいわゆる、あきらめる(give up)と言うことではなくて、「物事を極(きわ)まではっきり、明らかに見極める」という意味である。「そのようにしてはっきり明らめられた真実・真理・道理を4つの形にまとめたのが、苦(く)諦、集(じっ)諦、滅(めっ)諦、道(どう)諦の四諦なんです。」(西光)。まさに!

 この諦というのは我が身(み)全体に確かに起こってくることである。その意味で仏教は心理療法といえる。ということが次の節。仏教は単なる教えや哲学や思想ではない。はっきりとした心の転換、もっといえば身心の転換、つまり「み」の転換が起きる道であるというのが先生の長年の主張。私も先生を通して我が身に味合わせていただいた。

引用させていただきます。
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「だからもう僕は『仏教は宗教だ』といわないほうがいいと思うんですよ。現に西洋の心理学、心理療法をやってる人の中に、仏教を宗教に入れて理解しているから間違ってしまうんだ。こころの転換をはかる実践道やから、むしろ現在の概念でいうたら、これは心理療法だと言ったらいいんだと。心理療法の枠内でお釈迦さまの教えを理解していったら非常に西洋人によくわかるし、新鮮だといっている人が現にいるんですよ。僕はオッケーだと思うんですね。」、「人間の苦しみを抜く、解決する道やから、心理療法の流れの中で仏教を捉える方がいいと思うんです。」(P.171-172)

「ところが、その仏教という心理療法は、現在の西洋心理学が捉える苦しみや悩みの捉え方とも違うし、苦しみの克服する方法も違うわけです。」(p.172)
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 なんらかの心の転換をはかるというところで仏教も心理療法も共通でむしろ仏教は心理療法といえる。しかし、この転換の内容や方向は両者で大きく異なる。ここが重要ポイントだ。

 話し合いでは、人はなんらかの心の飢餓をもつ。そういう人を求めることが確かにいる。そうして、それぞれの飢餓について自然と出し合っていった。
 また、西洋心理学の中でトランスパーソナル心理学は真宗と共通だという意見も出た。ここは私にはそうは思えない。西光先生もいくら西洋心理学がトランスパーソナルの方向にいこうと人を迷悟に分かつという視点は出てこないと思うとおっしゃっている(p.20)。ここがこれからの探究のポイントになると思う。これは真宗をどう我が身に味わうかということにかかっていると思う。

 毎回、刺激的な研究会である。

次回は、5月24日(木)10時から(会場の都合で時間が変更になっています)。

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