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2019年5月 7日 (火)

聖典講座-仏説観無量寿経より定善十三観

 昨日は浄土真宗華光会の聖典講座を聞く。仏説観無量寿経を頂く。釈尊がイダイケ夫人に浄土に往生する観法(観察行)を説かれていく。今回はその中で定善十三観について全体を通して口語訳をもとに復習を兼ねて音読していった。

 1.日想観、2.水想観、3.地想観、4.宝樹観、5.宝池観、6.宝楼観、7.華座観、8.像観、9.真身巻、10.観音観、11.勢至観、12.普観、13.雑想観とそれぞれ名付けられている。どれも心を集中させ、乱れることなく、その有様を観想していく行法である。ここでは、釈尊の説法を読んでいったわけであるが、読めば読むほどその有様が分からなくなり、違うことを思ったり、また、ある言葉が入ってきたりと雑然とした自分を改めて観た。途中で眠くなったりもした。なるほどこれではダメだなと思う。浄土往生なんてとんでもない!そんな中でイダイケ夫人は「はっきりと観させていただきました」とおっしゃっている。愚痴の女人の代表として図式化して夫人を捉えてしまいがちだが、とんでもない。そんなことが観える夫人はやはりただ者ではない。そう思えてしまうのである。親鸞聖人は権化の仁と捉えられたがやはりそうだなと思う。私にはこれはまったく無理。改めて思った。

 ただ、そんな私であるとはいえ、真身観、観音観、勢至観を教えて行かれる段になると読んでいく内に、あの寺院の荘厳が思い出されてくる。中央に大きく座される阿弥陀仏、そして両脇に立たれる観音・勢至菩薩様。お堂の中はシーンと静まりかえり、阿弥陀如来は金色に輝く。そのイメージが浮かぶ。もちろん詳細は見えないが・・・。どのお寺も私たちに分かりやすいように立体的にその姿を映し出されている。そんなことが思われた。これはこの経典の世界を描いているのだ。寺院の荘厳とこの観経とがピッタリと一致した。このことを思うと有り難かった。同時に、「このようなすばらしい花は、もともと法蔵菩薩の本願の力によって出来上がったものである」と何度も述べられているのは有り難かった。雑念ばかりしか思い浮かばない自分だが、それを貫いて本願力が徹到するのだ。なもあみだぶつ。

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