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2006年7月

2006年7月30日 (日)

「臨床ソーシャルワーク研究会」(7月20日)

7月の研究会を行った(20日)。今回は新しいメンバーが二人。旧知の人ではあったが、研究会は初めて。久しぶりの再開であった。

 読んだところは、「第4章ケースワークの人間観」。ケースワークの独自性(個別化と心理社会的観点)。(p.93-98)それは、人間を個別的に生理的側面、心理的側面、社会的側面の全体に渡って把握し、アプローチていくところに特徴がある。他のアプローチは、心理的側面のみ、生理的側面のみ、社会的側面のみに焦点をあてて、分化して捉えるところに特徴がある。これらについて、不登校の事例をあげて理解していった。

 まだまだ実際に即してピンと来ないところもあるので、次回では、面接事例をもとに学んでいくことにした

2006年7月10日 (月)

「ワンデイ育ち合う人間関係を学ぶ集い」

 昨日9日に行われた。以前から参加しやすい1日型のワークショップを考えていたが、実行に移すまで時間がかかり、その一回目をやっと開催することが出来た。少人数でじっくりと話しあう場になった。日々の生活で起きている思いを出し合い、振り返る場となったし、また、母との関係の大切さについて気づく場となった。母子関係。自分は母に何でも話せたか、心ゆくまで甘えることが出来たか、抱っこしてもらうことが出来たか。そのことは、人の人生を大きく左右する。心身の健康にも左右することがわかってきている。これは古くて新しい課題。どの時代になっても無視できない真実だ。そのようなことに気づかされる場となった。

 私も日頃のカウンセリングの中でこのことは痛感している。メンバーの気持ちを聞くだけでなく、私自身もその体験を思いを込めて話すことになった。有意義な1日を過ごさせていただいた。

 これからも2ヶ月に1回ぐらいのペースで開催していこうと思っている。新たなスタートである。

2006年7月 6日 (木)

「臨床ソーシャルワーク研究会」(6月22日)

 これは毎月第3木曜日に定期的に行っている。現在は社会福祉施設に勤める人達が中心になっている。黒川昭登氏の『臨床ソーシャルワークの基礎理論』誠信書房を輪読している。

 今日読んだところは、「第4章ケースワークの人間観」である(臨床ソーシャルワークとケースワークを同義で捉えている)。「人間は無限に成長発展する意欲と可能性をそなえた存在である」、「アンビバレンスの概念」を読んだ。それぞれが現場で活躍している人達であるので、その体験とを照合させながら読んでいくことになった。日々の子ども達との接触で悩むことしきりであり、時には道筋を見失うこともある。意気消沈することもある。そんな中で、今日読んだところは埋もれがちになっていた一筋の道を再度見いだすことになったようだった。「まさにタイムリーだった」という参加者の言葉が印象に残っている。

 本書の中の下記の言葉が深く印象に残った。

 「人が問題をもち逸脱行動をするのは、人間がその本性において、このような「悪」の存在であるがゆえであろうか。実は人間は『よくなりたい』がゆえに「悪を犯す」のである。人は誰もがよくなりたいと念じている。なかに悪人がいるかに見えるのは、人間の本性である性『善』の発現を妨げるような内的、外的な障害の存在するがゆえである。」p.88

「人は、常に他人から尊敬され、愛され、認められたい、と思っている。また、自殺者にも葛藤や悩みから逃れて心の平安(死)をねがいつつも、それでもなお生への無限の執着がある。これらの人々には、よりよい人生を生きたいという根源的願望があるが、このような願望があるがゆえにこそ、それが挫折し、阻止されたことによって、彼は、自棄的となっている。従ってわれわれは、(略)クライエントに対してもっと『有意義に生きよ』と勧めることはない。ましてや、不正や悪を働き、怠惰に過ごすかに見えるクライエントに対しても、正しくあれ、勤勉たれ、と説教したり、助言したりすることもないのである。」p.89

「人には、常に意識的、無意識的に、ある一つの衝動があるとすれば、その背後に必ず正反対の衝動も存在する。非行をするのは、彼が100%非行の意志をもつがゆえではない。彼の心の奥底には、そのようなことをしていてもろくなことはない。自分が損をするだけである、という反対の意志もある。だが、それにもかかわらず、非行を犯しても解消しつくすことができないほどの爆発的な不満や復讐の感情があり、それが一つの意志となり、対抗意志を圧倒するがゆえに非行が起こるのである。」p.90

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