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2006年12月

2006年12月25日 (月)

臨床ソーシャルワーク研究会-12月21日-

 事例報告が終わり、今回はフリートーク。日々の実践について語り合う。メンバーは社会福祉施設に勤めている。日々の処遇実践が経験主義的で理論的基盤がなしに手探り状態であること。その突破はなかなか困難であることが話題になったと思う。自分たちの日々の研鑽が大事であることを痛感する。

 また、次回からのこの研究会の方針を確認し合う。理論的研究、事例検討を下にした実践的研究などなどやりたいことがたくさんある。月一回という限られた時間で何を優先するか・・・。ともかくこの研究会の出発は臨床ケーワークについて知るということが目標で、黒川昭登『臨床ケースワークの基礎理論』を読んでいるので、それを続けていくことを確認。特に、レジュメを作ってきっちりと読むことを確認した。現場にいるこの時にこそ理論研究が大事になってくる。また、時に、事例も織り込みながらということになった。次回読む箇所は、継続中の第4章「ケースワークの人間観」である。事例に入るにしてもここを押さえておく事は必須になるので、詳しく読んでおくことが大事であることを伝えた。

 次回は、第3木曜日、1月18日である。

2006年12月16日 (土)

子煩悩

 先の記事で充分に表現できていないために誤解を生む心配があるので、さらに書いてみることにした。

 「子煩悩」。確かにこれは煩悩だ。子どもを持つことによって生まれる悩み。しかし、注意しておかねばならないのは、「子どもがいるから」悩みが起きてしんどいというのではないこと。悩みの源はあくまで自分にあるということ。自分の中のあくなき自己執着心、つまり、我が身可愛いの心がそうさせるのだ。この自己執着心が根源で、「子どもを縁」としてそれが出てくるのである。子どもが自分の思い通りにならならいから怒りが生じ、自分を煩わさない限りは可愛いく、結局、子どもを自分の思い通りに動かそうとする。当然子どもはそのようには動かない。だから、また怒りや悩みが生じる。この連鎖なのである。

 大事なことはともかくこのしんどさを誰かと分かち合うこと。そして、この飽くなき自己執着心に気づくことではないかと思う。とすると、子どもは悩みを起こさせる元どころか、ありのままの自分に気づかせさてくれる大事な大事な存在だということになる。

 こんなこといつも思えているわけでもないけれど、何かの折にふと立ち戻ることができる時間と空間があることは大事だなあと思う。

2006年12月 9日 (土)

第3回ワンデイ育ち合う人間関係を学ぶ集い-11月26日-

 これも時間をおいての報告となった。「育ち合う人間関係」を学ぶには、それを体験してもらうのが一番。一日をかけてそれに浸ってもらおうと企画した集いだ。これで3回目になる。今回も少人数。じっくりと話し合い、聞き合えることが何よりだ。

 中身はもちろん書くことが出来ないけれど、日常の事、過去の家族との事、家族の事、子育ての事などが分かち合われた。

 「子煩悩」という言葉がある。一般には子どもが好きで可愛がることを指すけれど、もともとの言葉の意味は「煩悩」だ。子どもを縁にそれによってこちらが悩まされる。飽くなき自分の執着心によって・・。子育ては本当に大変。何の悩みもなしに進むことはまず無い。悩みの連続だ。今回の集いはそれをつくづくづく思った。大事なことはそのしんどさを分かち合える人がいるかどうかだと思う。親子や自分の家族の中で分かち合えたらそれが一番。それがダメなら誰がそれを聴いてもらえる人がいること・・。自分も分かち合ってもらうことが出来ることが大事。そんなことが大事になると思った。もちろん、この集いもその中の一つでありたいと願う。

 次回は、1月28日(日)に開催。2ヶ月に1回のペースで開いている。

 http://chodr.ptu.jp/oneday.htm

臨床ソーシャルワーク研究会-11月16日-

 時間が経ってからの報告になってしまった。今回も続けて事例を読む。小学校低学年の不登校カウンセリングの事例。添い寝、入浴、タッチングをお母さんに進めてもらう。その結果、子どもは元気になると同時に、赤ちゃん返りを始めた。お母さんのおっぱいをさわったり、顔を吸ったりするようになっていく。言葉も赤ちゃんのようになる。両親は驚かれるがこれが起きることがとてもよいことだと伝え、励ます。ここで切ってしまうと子どもはさらに傷つき、取り返しのつかないことになる。まさに新芽に木枯らしである。

 一方、これはお母さんにも変化をもたらす。とてもしんどいのである。このしんどさがピークに達した時点で、カウンセラーとやりとりがあり、お母さんは自分の幼少時代を語られる。実は、母に甘えたことがなく、愛情って何なのかわからないのですとの述懐。どんどん話される。しかし、これが重要。充分に表出されるとお母さんの気持ちはずいぶん変わる。また子どもが受け入れられるようになりましたと述べられる。このような事があった後、子どもは登校を始めた。「もう大丈夫だ」と言った。

 事例はここで終了。メンバー同士の話し合いとなる。子ども個体への視点なのか、母子関係等、親子関係によるものか。また、他の発達障害の子ども達への考察へも進んだ。関係か個体か・・・。大事な課題がそこに横たわっている。

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