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2007年4月

2007年4月23日 (月)

栄養士さん達との研修会

 先日の土曜日は、栄養士さんのカウンセリング研修。栄養士さんとカウンセリング。不思議な感じがするかもしれない。しかし、栄養士さんも大事な対人援助の仕事。患者や地域の人達への栄養指導は大事な仕事である。とはいえ、栄養士さんの養成課程の中にこれがあまりないようでいろいろ苦労されるみたいである。また、栄養指導のあり方が問われることもあるそうだ。

 というわけで、それに問題意識を持つ方達の研修となった。これはもう、2001年ぐらいから始めている仕事である。管理栄養士さんのリーターシップの下、関心を持っておられる方達の自主的な努力でこれは続いてきた。ほんと熱心な研修である。ここ1年ばかりは私の仕事が忙しくなり、ちょっと休憩をしていた。今回の研修は1年ぶりの出会いである。

 久々に顔を合わせて懐かしい感じだった。メンバーは変わって新しい人達も増えている。熱心な感じは変わらない。早速研修を始めた。といっても、結構気楽に始める。日々の思いを出してもらった後、ペアでリスニングの練習、そしてカウンセリングのデモンストレーション。私がカウンセラーになってクライエント役を募って実際のやりとりをしてみるのだ。休憩の後はまたペアでリスニング練習をした。

 和気藹々と楽しい研修だった。今まで研修をしてきた人達と新しい人達とでは確かに聴き方が変わっている。雰囲気も変わっている。じっくりと耳を傾ける雰囲気があるのだ。一年間の間隔はかえって発酵作用があってよかったのかもしれない。また、この研修って茶道や華道といっしょで欠かさず体験していることが大事。逆に欠かさず体験学習をしていると知らず知らずのうちに身についている。そんなことを改めて実感した。

 2回ものなので次回は5月にまた顔合わせをする。これまた楽しみである。

2007年4月22日 (日)

臨床ソーシャルワーク研究会-4月19日-

 今月も本を読み進める。第4章。その中からいくつか・・。

 欲求不満、不安を表出する3つのチャンネル。まずは、言語化。これはそのような情動を感じ取って言葉で誰かに伝えることだ。「恐い」、「腹が立つ」、「心配」・・・。そうすることでそのような不安がずいぶん軽減する。相手にもよく伝わる。これが一番健全な道だ。あと2つは不健全な方向での表出。ひとつは、行動化。盗み、非行、暴力、怠学、家出・・・。これを続けていっても問題解決にならないことはいうまでもない。もうひとつは、身体化。体の不調で訴える。腹痛、頭痛、嘔吐、下痢、便秘、発熱・・・。病院で診てもらったら身体的に異常がないのにこれらの症状が起きる。不登校の子ども達にはこれがある。毎朝体調不良で苦しむ。大人がこれに関心を持ってくれるとよいが、親も先生もたんなる口実だと思って本気にしないと子どもは次第に言わなくなる。人知れず悶々とする。痛ましいことだ。じんましん、アトピー性皮膚炎、喘息もこの身体化に入る。

 そして、このような表出傾向が起きるには一定の人間関係、特に親子関係が背景にある。行動化は敵対的・攻撃関係。身体化は感情抑圧的関係、感情遮断的関係。そして、言語化の場合は、何でも気持ちが言える関係、一方的な支配にならない関係、つまり民主・許容的関係が存在する。この関係の中で人は気持ちを言葉で伝えるようになっていく。

 ソーシャルワークをはじめとするこれらの専門的援助は、充分に保証されなかった民主・許容的関係をクライエントとの間に作りだし、これらを再保証することである。

 これはソーシャルワークに特徴的なとらえ方である。人間の「生理的側面」、「心理的側面」、「行動的側面」、「社会的側面」が一体となって捉えられている。と同時に、極めて現実的である。実践をするとき、子どもの問題を見るとき、このとらえ方が問題解決にずいぶん役に立つ。

 「個人」と「環境(この場合は人間関係を指す)」という2つの焦点を持ち、これらの「相互作用」を見ていく。これは心理学とも一味違う。最近の私はこのおもしろさに虜になっている。

 今回も忙しい仕事の中からメンバーが集まってきた。みんな社会福祉の現場で働いている若い人達である。今後の活躍が楽しみ。と同時に、私自身も極めてやりがいを感じている。支えられているのである。終わった後に1人しみじみとこの感じを味わい、至福の時間をすごす。

黒川昭登 『臨床ケースワークの基礎理論』 誠信書房 P.100あたり

2007年4月16日 (月)

グループ・リトリート(ワイガヤの会)-4月12日-

 月一回の集まり。毎回が新鮮で深くて楽しい。プライバシーの問題があるので内容を紹介できないのが残念です。私なりに心に残っていることを書き留めておきます。

 子どもにとって安全基地の存在が必要であること。子どもは自立していくがそのためには心から安心してくつろぎ、甘えることのできる場が必要である。たいていの場合はお母さんである。生まれてからも最低でも一年間はその場が必要である。その後もそれを拠り所にして子どもは探検に出かける。疲れて心身のエネルギーを補給する場もそこである。その場で心からくつろぎ安心することで次への活力が生まれてくる。不登校もその必要性から起きているということだ。子どもは疲れて安心する場を求める。乳幼児期にそれが不十分な場合はなおさらだ。そこでエネルギーを蓄える。そして充分に充電ができたらまたそこから離れていく。登校を始めるという具合だ・・。今回もそのようなことを味わう話となった。

 自分がある、ない・・・。これってすごく表現が難しい。自分の位置をしっかりと確立していくかどうかだ。特に心理的に・・。人は大きくなる過程で自分を育てるというより、他者の期待に沿うことをおぼえていくようだ。学校教育もしかり、家庭でもしかり・・。どこかで自分を忘れていく。気がついたら自分がないということになってしまう。この忘れていた自分を取り戻すことがこれまた大事。このリトリートってただただ話しているだけなのだけれど、そんな取り戻しプロセスも起きていく。これも不思議で興味深いことだ。私もそのプロセスを共有することでまたまた自分を発見していく。これも深く、楽しい。

 かなり抽象的になってしまった。こんなことを味わったのです。

2007年4月 5日 (木)

いよいよ新年度。新鮮な気持ちだ。

 新年度が始まった。桜が美しい。毎年この時期は心がうきうきする。

久々にホームページを更新。今年度の活動案内を作った。4年目に入る。少しずつ自分の中でこの活動が発酵してきている感じだ。

 新しい試みとして、「カウンセリング面接研修コース」を始めた。カウンセリングの心は・・・。それは聴くに始まり聴くに終わるとますます強く思ってきている。「聴く」って簡単なように見えて実に難しい。こちらの知りたいことを聞いていくというならそれは出来る。しかし、カウンセリングで要求されているのは、クライエントの内側に入り込もうとして、その内的世界をクライエントの枠組みに沿って理解しようとすることだ。そして、その理解が正しいかどうか確認していく。もちろん、誰も他人の内的世界を理解することは出来ない。それはその人だけが知りうる世界だ。だけれども、それじゃそれでもうどうしようもないかというとそういうことでもない。こちらの方で、そう理解しようと試み、その理解が正しいかどうかを確かめていくのだ。一気に理解することは出来ない。しかし、それを重ねていくことで内的世界に無限に近づいていくことは出来る。それは終わることのないプロセスなのだ。

 これはクライエントの側から見るとどうなるのだろうか。今までこのような理解をされたことはないのでまず驚く。しかし、カウンセラーが自分の中に飛び込んでくる感じがしてとてもおもしろい。やがてカウンセラーから返ってくる理解メッセージをもとに自分がこう思っていたのだ、ああそうそうこうだったのだという具合に自分の理解が進んでいく。混乱していたものが次第にほぐれていく感じだ。一気にいけるときもないけれどそれを続けていく内に本当に自分がハッキリしてくる。こうなってくるととても気持ちがよい。元気も出てくる。何より自分を理解しようとしてくれる人がそこにいると感じることそのものがとても勇気づけられるし気持ちが落ち着いてくる。

 この研修コースでは、ファシリテータの醸し出す雰囲気や理解の仕方をモデルにしながら(たいてい無意識だ)、メンバー同士で実際に15分の面接体験をすることでこれらの感覚を体験し、身につけていく。これは不思議だけれどそういうプロセスが起きてくる。と同時に、毎回自分の内面を話すからメンバー同士の深い交流にもなっていく。また自分自身を見つめることにもなっていく。すでに前年度に1クールを終えたが、充実したよい研修になった。

 今年は、これを3クール行う予定だ。新しい出会いと交流と学習が楽しみである。案内ページはここです。http://chodr.ptu.jp/mensetsu.htm

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