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2009年2月

2009年2月 4日 (水)

ここしばらくの私

 ひとつきぶり。こまめに書いて、写真を貼って・・・、なんていろいろ思っているけれどついつい後回しになる。でも、ともかく継続は力と言うから絶やさないようにしたいと思う。それには書きたいときに書くのが一番だ。

 ほんとにうれしいもので、カウンセリングを通して人の心の深いところとお付き合いをさせてもらっている。1時間座ってじっくりと相手の心とつきあう。これほど単純な事はないのだが、また同時にこれほど重要なものもない。心から聴いてくれる人に出会うとほんと自分を取り戻し、力が湧いてくるから不思議だ。

 このところは母との関係の重要性をつくづく思っている。不登校、摂食障害、非行などいろんな問題があるけれど、聴いていく内に必ずぶち当たるのが母親との事だ。母に心底打ち明けられない、本当の自分が見せられない、寂しい思いをしてきた・・・。そんな思いに直面していくのだ。でも、これもおもしろいのだがそれに直面することによってどこかほどけていくのか徐々に、徐々に力を取り戻していくところもおもしろい。ほんと深い体験をさせてもらっている。

 大学は少しずつ年度が終わっていく。社会福祉士、介護福祉士関係のカリキュラムが変更になって各大学ともそれに大わらわのようだ。どれもこれも厚生労働省指定だからこれに準拠しないと資格を出すことは出来ない。それにしても今回のカリキュラム改訂?はひどい。科目名が大変細かくなってしまった。と同時に、社会に対する見方の学習が本当に矮小化してしまっている。現代社会の仕組みや資本主義のしくみや現行新自由主義路線の歪みなど、大事な大事な社会経済的視点がごっそりと落ちてしまった。まさに現行の政治状況を良くあらわしている。

 教員のシラバスにもチェックが入る。今のところもちろん「参考」の形ではあるが・・。大学の教員は教育者であると同時に研究者でもある。教科書に従って教えるのではない。自分が探求してきたことを学生に伝えるところに社会的意義がある。そこには当然アカデミックフリーダムが必要になる。でも、これじゃ、教員は単なる教える機械になってしまう。自動車教習所の講習と同じだ。もちろんこれはこれで大事なことではなあるがちょっと本意が違うはずだ。やれやれ、困ったものだ。かなり志気が下がっている今日この頃である。とはいえ、そうも言っておれまい。自分の独自性は何処にあるのか、はたまた大学の独自性は何処にあるのか、天下りカリキュラムに準拠しながらも、それを取り込みながらも、どう独自性を発揮していくか。ここがまた要になるものとは思う。でもね・・。正直管理的な力にかなり疲れているのも事実である。

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