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2011年2月

2011年2月22日 (火)

久しぶりの奈良の大仏さん

 サンディエゴから友人が来たので京都・奈良方面に一緒に行ってきた。昨年、ラホイヤ・プログラムで知り合った人。心から日本に入れ込んでいる。歴史のこともすごくよく知っている。精神的なことについてもよく知っている。西洋・東洋とふたつを区分するのはもう昔のことのような気がする。東洋に西洋が入り込み、西洋に東洋が入り込む。そして、それらが融合された新しい世界が作られていく、地球規模で・・・。日本はすでに日本でなくなって、世界に入り込み、何かがつくられていく。もちろん日本が消えてしまうわけでもない。マスコミがよく言う日本の凋落、中国の台頭などという観念がすごく小さく思えてしまう。何が一番でもない。それらが混じり合って次の段階へと進みつつあるのだ。

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 今回はガイドさんが付いた。きさくですてきなガイドさん、純粋な友達・・・。心温まる、心に深く響く旅であった。その夜は、もう一人友人が合流してこれまたすてきな夕食となった。お酒をのんでわいわいさわぎあって・・・。夜遅くホテルに戻る。

 

 京都の伏見稲荷、奈良の東大寺はどちらも思い出の地。学生時代、毎日通ったのが伏見。遅くまで飲んで終電に間に合わず、稲荷駅で一晩過ごしたことがあった。小・中学校時代、遠足で訪れたのが奈良。友達同士で行ったこともあった。我々子どもは、「奈良のだいぶっさん」と親しく呼んでいた。「ならのだいぶっさん へをこけば 奈良方面みなくさい」なんで馬鹿な歌を作って遊んだ。最近、もう一度行きたいなと思っていたら彼がそれをかなえてくれた。改めて見る大仏。実にでかい。荘厳。創建当時は七重の塔が二つそびえ、仏殿も横にもっと大きかったという。その大きさに感動したけれど、それを作った人たちの仏法に対する強い思いを偲び、強く心打たれ、思わず涙した。梅原氏の貢献で当時の生臭い政争の様子がよくわかってきた。そんなどろどろした中で当時の人たちは、仏に帰依し、平穏を願ったことであろう。「世間虚仮、唯仏是真」!

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2011年2月16日 (水)

新しいホームページが出来た!!

 ホームページを更新した。デザインはそれほどでもないが内容は作って以来の大更新である。今後のCHODR活動の根本が定まった感じがする。当初このセンターを立ち上げたときは アーニー・メドーズとの出会いからPCAを基本アプローチとして家族を含む組織を対象に成員のコミュニケーション・スキルを高めるためのワークショップを提供するというのがその中心コンセプトであった。PCAはカウンセリングやサイコセラピーのみならず家族、教育、企業組織に適用出来るからである。一歩踏み出す時点で私を勇気づけてくれた彼に感謝している。


 と、こんな形で始めたわけだが、行っていくうちにワークショップよりもカウンセリングや小グループでのリトリートに来る人とのご縁が多くなってきた。私自身も今までこの領域での経験が多いし、自分の力が一番発揮できる領域のような気がする。


 特に、不登校の問題を抱えるご本人とご家族との縁が続いている。臨床ケースワークの第一人者である黒川昭登先生から学んだ本人と家族との双方にアプローチしていくカウンセリングのあり方が大きなガイドになった。もちろん私独自の関わり方も加味した上での事だが・・。特に、母子関係に焦点を当て、本人・家族と共にそこを話し合っていくことで問題を抱えている子ども達が次第次第に元気になっていく姿を見ることになった。不登校はある意味自立の問題であるが、その前提として特に乳児期の絶対依存が足りなかったが故にそこに固着していつまでも自立へ向かうことが出来ないということがよりいっそうハッキリしてきたのである。さらに、このように母子関係の回復を援助するということはお母さん自身の自信と自立にもつながっていくこともハッキリしてきた。確かな手応えを感じられ、自分の道を歩んで行かれるのである。もちろんそのプロセスに紆余曲折はあるがこの動きには神々しいものを感じる。


 さらに、私にとっての大きな出来事がある。私は学生時代に西光義敞先生とのご縁から仏縁が出来、浄土真宗をご縁として、法座に通う中で仏法に出遇わせていただいた。仏法に出遇うことはまさに自己を習う事であり、自分自身の無明の姿にハッキリさせられることである。これは今の自分の中で脈々と生きている。まさに煩悩が具足していながらそれをそれとしてハッキリと気づくことの出来ない自分、無明の自分があり、故に自力ではそこから離脱することができないということに気づかせていただくばかりなのである。


 そのご縁と、これも学生時代から続けているカール・ロジャーズのアプローチ(PCA)とが自分の中で深く交流し、クライエントと向かうとき、自ずとそれがにじみ出てきている自分をすこしずつ発見するようになってきた。自分の中で仏法とPCAが交流する中で何かにじみ出てきているものがある。そんなことを思うようになってきた。これはクライエントにどうのこうの言ったり、どうこうさせるというのではなく、あくまで自分がどう「ある」かの問題である。このあたりを「仏法を基底としたパーソンセンタード・アプローチ(D-pca)」として何か明確にできるのではないか。そう思うようにもなってきている。


 そう、ここ7年間の取り組みを通して出会った人々との中からそういう自分がハッキリしてきた。つまり、育ててもらってきたということなのだ。


 このあたりをこれからの私の活動の基本理念として明確にしたくなってきた。それを表す第一歩がこの新しいホームページである。思えば、あと2年もすれば60歳。なんとリセット!!もっとも、いつまで生きているかはわからないのだが、いろんな人々との出会いの中でこれからの大きな道筋になっていくことと思う。

 

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