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2011年5月

2011年5月28日 (土)

こうやって楽しんでいるうちにも時は流れる

 帰ってから10日間が経った。すっかりこちらの時間に戻った感じがする。ということは、いよいよあれは「あの体験」ということになっていく。時の経つのは止まらない。新幹線にでも乗るように次から次へと過去が増えていく。その時その時は長く感じる時があっても、時の流れは速いものである。逆に未来は永遠にあるように思える。もちろんこれは錯覚。確実に命は終わる。いつ終わるかは誰にもわからない。子どもの頃からの連続した「私」の意識感覚はあるがこれは一体どこから来てどこに行くのだろう。おもしろいものだ。

 この10日間は補講の嵐。毎日大学に通っている。学生はこのイレギュラーな授業ペースに付いてきてくれている。思えば、有り難いことだし、申し訳なくも思う。だが、私の動きは理解してくれているように思える。学生との語らいや交流はほんと楽しい。彼らもいろいろ感じ、悩んでいる。そんな中で自分の道を歩んでいる。そんなことを共有できていくことはまさに貴重な体験だ。おかげで充実した毎日を過ごさせてもらっている。

 来週もどんな出会いがあることだろう。

 

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2011年5月21日 (土)

無事に帰りました

 18日(水)に無事に戻ってきた。まずは報告まで・・・。

 順調な旅だったがいろんな人に会って、考え方やアプローチの違いにもふれて結構疲れたのは事実。それにしてもヨーロッパの人って活動的。「動く」文化だなと改めて思った。それに引き替えこちらは「静」の文化かなと痛感する。もちろん比較の話しだけれど・・・。これは音楽の違いにもよく現れている。ヨーロッパ音楽はとにかく動的で激しい。日本の音楽はこころがどんどん落ち着いていく。

 そのこちらの目から見るとアクションにこうもこだわるのかと改めて驚いた次第である。仏教は紛れもなくこの私に「深い自覚」をもたらしてくれる教えで、「静」の文化の象徴のような気がするけれど、そこに「動」を持ち込もうとする。西洋では宗教は行動の指針を示すものだという。どうもよくわからない。それでは仏教ではなくなるのではないかと・・・。また、「動」中心の西洋文化が特に19世紀、20世紀と世界を戦争状態に導いてきたのではないかとも思う。今もそれが進行中で、これまたその混乱の一渦を作ることにならなければよいのにとしんどい思いになったことも事実だ。

 これだけ書いたら何のことかわからないと思うけれどともかく今回の滞在で強く思ったことである。違和感が強く残る旅であった。

 予定通りプレゼンテーションも行った。あまりの考え方の違いにどうしようかちょっと迷ったが行うことにした。ずいぶんとインパクトがあったようだった。思い切って行った甲斐はあったかと思う。こちらにも大きな刺激のあった旅で良い体験になったと思っている。違いに触れて逆に自分自身にも気づけた旅でもあった。

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2011年5月 8日 (日)

明日からイギリス滞在

 明日朝早く、イギリスに向けて出発する。ロンドンから北西になるレスターというところで行われる第6回リビング・ブッディズム・カンファレンスに出席するためである。中で、D-pca(仏法を基底にしたパーソンセンタード・アプローチ)について話しとワークショップをすることになっている。ちょっと緊張してきた。またまた新しい出会いがあることだろう。ロンドンで友人と会い、観光も含めて18日にこちらに帰る予定。

 ポスターを紹介しておきます。

 では・・・・。

 

2011年5月 7日 (土)

D-pca研究会-Other Centred Approachの紹介-

 昨日、6日(金)はD-pca研究会。一月に一回集まって仏法、カウンセリング、パーソンセンタードアプローチ等に関することを話し合っている。それぞれ自分を通したところの話し合いになっていくところがおもしろい。もちろんメンバーの個人的なことも話されていく時もある。

 今回は、私が体験した松江でのブレイジャーさんの講演会とワークショップについて共有した。ワークショップの中でおこなったペアでする体験学習も紹介した。テーマは、Other Centred Approach。日本語にはどう訳すべきか。「他者尊重のアプローチ」、「他者志向アプローチ」、「他者に焦点をあてたアプローチ」とでも訳せるかと思う。

 クライエント自身の個人的な内面探求に焦点を当てるというよりも、どちらかというと、クライエントにとっての重要な他者に焦点を当て、その他者を理解することを援助していくアプローチというと良いかと思う。

 氏はこのように述べている。「クライエントが自分自身を探求するよりも、クライエントにとっての他者を探求することに、より重きを置きます。」(当日資料より、大澤美枝子さん訳)

 ワークでは次のようなことをした。ペアになり、話し手と聞き手を決める。話し手はまず自分の今身につけているものの中から誰かと関係のある、あるいはゆかりのあるものを選んでそれについて話しをする。聞き手は、それに関心を持ち、自分を付け加えないで、受容的に聞く、誘導質問はしない、オープンクエスチョンを心がけて聞いていくようにする。時間は7分間。

 氏のワークショップで私が行った時の感想だが、まず、他者と関係のあるものに目を向けることの新鮮さに目が行く。案外難しかったりもする。知らない間に他者との関係に遠ざかっていることに気づいたりする。話しが続き始めると結構気楽に話せておもしろくなってくる。聞き手も楽に聞ける。次第に話している本人も登場する他者もみんなに受容の目が注がれていく。そんな感じだった。この研究会の中でメンバーの感想を聞いていると同じくそのようなものであったように思う。

 これは自分の気づきだが、私自身もカウンセリングの中でよく行っているとも思った。クライエント中心療法の訓練では感情に焦点をあてることを大事にしていくが、私はそもそも感情だけが人間ではなく、いろんな知覚や事柄やいきさつも大事な自分の一部であり、クライエントはそれを楽しげに語ることが多く、そこに注意を向けていると心が緩んでくる経験を持っている。広くクライエントの見ている世界(いわゆる「色、しき」)につきあっていることが大事だし、このところその面白さを味わっていただけに、大変興味深かった。意識化出来たような気がする。グループにおいても私のしているのはいわゆるエンカウンターグループとはちょっと違うな、ひょっとしてかなり違うなと思い始めているのだが、やはり、このあたりと関係しているように思えた。

 その後は、椅子を使って大事な他者に登場してもらい。椅子を感覚にマッチするように配置してその人について語ってもらうということを紹介した。時間の関係でひとつデモンストレーションするだけになったが、これもすごくおもしろかった。なんとなく軽くて自然なところが良かったし、いろいろな気づきが起きることも体験した。

 とまあ、こんな具合。いつも味合わせてもらうが、メンバーが生き生きしていて反応も一杯もらって今回も楽しいひとときであった。

 次回は、6月3日(金)。椅子を使ったワークをみんなで行うことになると思う。

 

2011年5月 1日 (日)

第1回「ワンデイ育ち合う人間関係の集い」開催

 昨日第1回「ワンデイ育ち合う人間関係を体験する集い」を行った。今年度から新しいコンセプトで活動を始めているがその中の第一段である。不思議なことに盛会となった。集まってみると、どこかでつながっていてそのご縁の深さを思うこととなった。

 その体験は大変言葉にしにくい。確かにある充実した感覚や手応えや重みを感じていて心豊かなのであるが、それはなかなか言葉に出来ない。どこか深いところでしっかりと出会った感じがしている。

 人生はほんといろいろある。いつも良いことばかりでもない。過去のつらいことを引きずることもある。しかし、そうでありながらもいろんなご縁に出会って、またそれも変わっていく。いつからでもどこからでも変われる。そんなことを思わせてもらったひとときであった。

 参加されている人達の気持ち、そして自分の気持ちも感じさせてもらいながら、あるいは思考を巡らせながら、私たちに働きかけて下さる仏さまの慈悲に何度も思いを致しながらすごした1日であった。

 良い機会を下さってありがとうございました。

 次回は、7月23日(土)、興正会館(京都七条堀川)。

Kokubunji 
備中国分寺(妹より)

 

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