2020年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
無料ブログはココログ

« 5月のD-pca研究会-人身受け難し、今すでに受く- | トップページ | 真宗者のカウンセリング研修会 »

2018年7月18日 (水)

PCAと仏道(特に真宗聴聞)との共通点

 PCA(パーソンセンタード・アプローチ)、仏法(Dharma)、D-pcaを巡っていろんな思いが湧く今日この頃である。少しずつここに掲載していこうと思う。今回は、仏道(特に真宗聴聞)とPCAとで、自己理解、気づきが進んでいくという点で共通点があるので述べてみたいと思う。 

 PCA(一応カウンセリングにしときます)を学習していておもしろいのは、援助者と共にやりとりする中で自己理解がすすんだり、気づきが起きてくることである。特に、今、ここで自分の中でどんな気持ちが動いているかがよく感じられてくるようになる。これは一瞬一瞬動いていて変化している。この感じと共に流れている時すごく豊かな時を過ごしているような心境になる。年齢を重ねることでさらに味わいが深まったりする。ここが本当におもしろい。大きな宝物に出会ったようだ。

 そして、これは仏道も同じだと思う。逆に、仏道もPCAとある意味同じなのではないかと思う。法話や座談を通して聴聞を重ねる中で自分の中に本当に具体的に気づきが起きてくる。これは本当に起きてくるからおもしろい。究極の「なんまんだぶつ」の瞬間もそのように思う。そういう意味ではPCAも仏道も共通の軸上にあるように思う。ちょうど串刺し団子みたいに・・。ただし、PCAは根底を突いていないというか、つまり、生死の迷いとそこからの出離という深くて澄み切った自覚の心境は仏法を通して始めてこの身に体験されてくるもののようには思う。

 ここが、PCAと仏道(Dharma)が出遇う所以があるように思う。二重構造でつながりながら1つの統一された道というか。

« 5月のD-pca研究会-人身受け難し、今すでに受く- | トップページ | 真宗者のカウンセリング研修会 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 5月のD-pca研究会-人身受け難し、今すでに受く- | トップページ | 真宗者のカウンセリング研修会 »