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2018年12月13日 (木)

親鸞聖人『現世利益和讃』に想う

 こんぴらさんから刺激されて親鸞聖人の現世利益和讃が心に浮かんできた。念仏の行者は、あるゆる天地の神様に(もちろん海の神様も)尊敬され、守られるのだ。仏教は決して神様を否定しているわけではない。この頃の私は神殿に参るとき音を出さずに手を2回合わせ、なもあみだぶつと称名することにしている。

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南無阿弥陀仏をとなふれば
梵王・帝釈帰敬す
諸天善神ことごとく
よるひるつねにまもるなり

南無阿弥陀仏をとなふれば
四天王もろともに
よるひるつねにまもりつつ
よろづの悪鬼をちかづけず

南無阿弥陀仏をとなふれば
堅牢地祇は尊敬す
かげとかたちとのごとくにて
よるひるつねにまもるなり

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もちろんこれには前提がある。

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阿弥陀如来来化して
息災延命のためにとて
『金光明』の「寿量品」
ときおきたまへるみのりなり

一切の功徳にすぐれたる
南無阿弥陀仏をとなふれば
三世の重障みななながら
かならず転じて軽微なり

南無阿弥陀仏をとなふれば
この世の利益きはもなし
流転輪廻のつみきえて
定業中夭のぞこりぬ

*定業(じょうごう)は定まっている命。
中夭(ちゅうよう)は早死の意。

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 阿弥陀仏の本願からさしむけられる大信心を獲得し念仏を称える身となること。それによって永劫の生死の迷いから出離する身にしていただくことである。そのことによって後生に無量寿をいただくからだ。ここに現世での利益が開かれている。もちろん煩悩具足の身だから自分にとって不都合なことが起きれば悲しんだり、嘆いたり、憤ったり、落胆したりする。しかし、どこかで形に寄り添う影のごとく念仏に帰らせていただくことも事実である。ここが軽微(けいみ)と表されていると今の私には受け取れて、とても味わい深い。

註:いずれも『注釈版浄土真宗聖典』本願寺より(p.573-574)。順番を入れ替えています。

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