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2020年3月 2日 (月)

華光会講習会参加-釈尊のご生涯とその真精神-

 次の日は、浄土真宗華光会講習会に参加。テーマは、「釈尊のご生涯とその真精神」。講師は増井信師。

 都合で1日だけの参加となった が、釈尊ご存命当時のインドの社会情勢、思想状況や釈尊ご自身の求道の旅、成道までをとても詳しく聞き、思いを新たにした。

 これは西洋で興った仏教研究の成果からもたらされたものである。考古学等の学術探究にもとづき、当時の具体的状況が明らかになってきているのである。これによって等身大のお釈迦様の姿が明らかになってきたといえる。明治前後に西洋発研究に出会った日本人にとってはとても大きなことであったろう。といっても、緻密な研究に基づくとは言え、あくまで仮説なのであるが・・・。

 かつて学生の頃、私は始めてこの釈尊のご生涯について話しを聞いた。この頃のことを思い出していた。龍谷大学では「仏教学概論」だけ全学生必修になっていた。この講義を聴いたときの感動は今も忘れられない。特に、釈尊が何不自由のない暮らしをされ、そこから虚しさを思われ、出家されていったときのことは自分の中にあるむなしさとも重なり、深い思いで聞いたものだ。これは私の一生と重なるものにもなった。それはカウンセリング学習にもつながり、やがて浄土真宗を自覚的に求めるようになり、念仏と出遇うことになったのである。そうして、このことは今後も続いていくのだ。

 中で大無量寿経の冒頭に語られている釈尊のご生涯にも触れられた。これは、まさに夫人の右脇から生まれ、七歩歩いて「天上天下唯我独尊」と宣べられるあの有名な下りである。

 改めて1つ驚いたことがある。大無量寿経のこの語りは釈尊のものであるが、主語は「菩薩」で、特に、還相回向の菩薩の姿として語られていることだ。恥ずかしながら今までここはあまり意識していなかった。釈尊ご自身の姿のみが語られているのではなく、広く菩薩方の尊い様相が語られているのだ。もちろん釈尊もその一人だ。

 これはとてもおもしろい。ちょっとうまく言葉で言えなくて、困るのではあるが、私の中に深く沁みるのだ。「法」、「仏法」とその働きについて語られているように届いてくるのだ。釈尊が悟られた「法」について仏陀の目で語られている。そのように思わされる。そうなると釈尊も前生でご修行をされ、菩薩さまとして今生に現れ、求道・伝道ですごされ、入滅後は真の仏陀になられた後、還相回向の菩薩様として働いて下さっているといただけるのだ。これは紛れもなく私(もちろん私たち)に働いている。

 いわゆる客観的、あるいは史実的に語られた釈尊の姿ではなく(厳密には純粋客観というものはないが)、私という中に届いて見えてくる法の諸相なのだ。立ち所が全く違うように思われる。この味わいがとてもおもしろかった。同時に、凡夫をこのような身にさせていくお念仏の尊さも改めて思わされたのだ。

 心も体も動いたダイナミックな時間であった。

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