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2020年4月 2日 (木)

コロナ事件に思うこと(3)-検査信仰-

 今回の騒ぎの核は「検査」にあるように思う。新型コロナウイルス(Covid-2)の検査方法はPCR検査法といわれる検査でおこなわれている。その後、ロシュ社(スイス)・BGI社(中国)を中心に短時間で発見できる検査システムが開発され、さらに検査キットとして簡易に検査できるようになった。他のメーカーも開発にいそしんでいるようである。

 素人の私にはどの検査方法もよくわからないので専門家に仰ぐしかないわけではあるが正直疑問が出てくる。現在感染者という場合、正確には「ウイルス検査陽性反応者」ということである。これはそのまま「患者」ではない。まして肺炎患者数ではない。その内実について精査されているのであろうか。あまりにも安易に即感染者と結びつけられているような気がする。大事なことは人であってその人がどんな症状にあるかということである。検査陽性だからといっていたずらに心配する必要はないのではないか。もちろん症状がある場合は安静も含めてケアーが必要であるが。

 また、簡易検査キットの確度は検証されているのだろうか。PCRですら感度は70%程度だと聞く。また、他のウイルス(風邪ウイルス、先のSARSCovid)との誤判定の可能性はないのだろうか(厚労省国立感染症研究所「臨床検体を用いた評価結果が取得された2019nCoV 遺伝子 検査方法について」の中で先のCovidと今回のCovid2との識別は出来ないとも書かれていた)。また風邪ウイルスについては種類が多く頻繁に変異しているので研究があまりなされていないということも知る。そのあたりあまりにも話しが単純すぎてこのあたりどうなのだろうかとも思ってしまう。ともかく検査、検査なのだ。もちろん素人の私には知るすべもないのではあるが・・。(ここを参照して下さい。2020.5.3.追記)

 実際に私が見たり感じている身の回りの状況とが離れているからこういう疑問が出る。実際に肺炎で人がばたばたと死んで行っているわけではない。みんなと言っていいほど人々は元気に暮らしている。このギャップがなんともよくわからないのである。マスコミが作り出すイリュージョンに惑わされているだけではないのか。

 一般に現代医療は検査にあふれている。血液検査はその最たるものだ。でも、検査には絶対があるわけでもないと思う。とにかく検査をして・・・。その後はどうなるのだろう?検査で異常が見つかったとしても実際に治らない、治せないことの方が多い。特に高齢になってくるとそんな病気に満ちあふれてくる。結果が出る度に煩わしく暗澹たる気持ちになる。検査憂鬱病とでもいいたいぐらいだ。大事なことは検査数値ではなく、人だ。心身の症状だ。全体的(ホリスティック)視点だ。その視点が大きく欠損している。

 今回のウイルス検査もそうだ。検査=肺炎でもないし、そもそも検査をしてわかったとしても治すすべはない。出来ることは隔離なのだ。そもそも隔離のために検査をする。そうして、実際の治癒は患者の回復力に頼るしかない(実際にこれが一番大事なのだが)。検査をすればするほど混乱していくのである。それでも検査、検査・・・。まるで検査信仰のようである。きっと関連企業は大きな利益を出しているものと思う。

 このギャップは本当に煩わしく私はうんざりとした気分にさせられる。

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