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2020年4月 5日 (日)

コロナ事件に思うこと(8)-無明、五蘊盛苦-

 近代に入って人類は科学を生み出した。その成果として科学技術も生み出した。政治的には民主主義、経済的には資本主義という社会体制も生み出した。これもまさに諸科学の成果だ。それは見事に発展し、今の社会を作り上げた。生産物にあふれた豊かな社会だ。同時に貧困階層も生み出したけれど、間違いなく豊かな社会だ。それは以前の社会とは間違いなく違う。それをいち早く作り出したのがヨーロッパ、そしてアメリカだ。今では世界を動かす中心になっているように見える。

 ところが、ほんと、ところがである。特に21世紀に入ってそのほころびはいよいよ大きくなってきた。20世紀後半はまだその指摘、注意喚起で終わっていたが、そのほころびは大きくなり、いよいよ現実のものとなってきた。戦争は終わるどころか拡大するばかり、核兵器という恐怖もある。貧困はなくなるどころかそれも拡大している。豊かな生産物にあふれるのと裏腹に。人々の心の荒廃も進んでいく。PCAを通して欧米の人たちに接する機会がとても多いが、そうしているとこの様子が実感としてわかるような気がする。もちろんこの日本もそうだ。どこか視野が偏っているのだ。この世界が行き詰まっていると思わされるのだ。

 今回のウイルス事件もまさにそう思う。私たちの素朴な実感とあの大騒ぎとのギャップに驚き、囚われていってしまう。でも、ちょっと頭を冷やして見ればまさに滑稽な動きなのだ。人間がこれほど馬鹿げていると思ったことは今まで一度もない。そこに人間の無明性、煩悩性を見るのだ。

 お釈迦様の示された四苦・八苦の中に「五蘊盛苦」というのがある。人間の働きが盛んなために起きる苦である。働きには五つある。色、受、想、行、識である。私たちはそれらに執着するのである。そこから苦が生まれる。今回のことはまさに「識」作用、特に科学的認識はそうだ。現代社会はそれが高度に発達した社会だ。私たちはそこに固執、執着し、敵を作ってしまう。それがまさに今回の事件ではないかと思う。

 「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもってそらごとたわごと、まことあることなきに・・(親鸞聖人)」。まさにその通りなのだ。

 

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