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2020年7月25日 (土)

7月月例京都D-pca研究会-盛りだくさんな時間-

 昨日24日(金)は京都D-pca研究会。最初にオープニング・ミーティングをする。西光義敞『入門 真宗カウンセリング』輪読。グループ進行上の相談。「閉目開目」について話し合うというプランが出た。分かち合いとしては前回提出した十二因縁についてのレジュメ修正の指摘があった。

 まずは輪読。『入門 真宗カウンセリング』(10)仏教カウンセリングから「第二の矢は受けない」という節を読む。藤田清氏の仏教カウンセリングについて言及され、この節はそれが最後。縁起の法に開かれたらこちらにどんな心境が開かれてくるかそのひとつとして、「第一の矢は受けるけれども、第二の矢は受けないのだ」という心境について述べられる。

 災難に遭うというのは悟っていようがいなかろうが必ずみなに起こる。ところがその次がある。「災難に遭うということは第一の矢を受けるということ。けれども次の第二の矢を受けとるか受けとらないか。第二の矢は受けとらないということは、そこから後の行動の仕方は、自分を苦しめるような形の行動はとっていないということだと思うんです(西光p.242)」。

 これはお釈迦様が語っておられたこと。念仏者には念仏者の受け取り方があると思う。何人かの方からそれぞれの心境が話された。一人一人の味わいがあると思った。

 その後は、グループでの分かち合い。まずは、「閉目開目」について。最近出版された西光義敞『閉目開目』あとがきをめぐってのこと。西光義敞先生のご持言だったようだ。私も聞いたように思う。社会と仏教とのあり方がここで問われた。開目は外に目を向けること、閉目は自分の内側に目を向けること。社会に目を向けることはもちろん大事だが仏教ではます「閉目」と説く。これについて疑義が出され白熱してしまった。うーん。仏教(仏法)理解は極めて難しいと改めて思った次第である。

 ちなみにこの「閉目開目」は観無量寿経の中に出てくる言葉。そこでは浄土往生への観想念仏行定善第1観、日想観に出てくる。日没の様相をイメージする。それが雑念なくありありと見えることが大事。その時に、目をつむっていても開けていてもその有様がありありと見えることと述べられている。ここから転化して西光義敞先生の味わいが出てきたものと思われる。

 その次は、チェックインについての説明。私の紹介したチェックインについて質問があり、それに答えた。グループをいきなり始めるよりはこれを一旦してから始めた方がなじみやすいのではないかという質問者の思いから出た。気をつけている私の態度を中心に話した。

 ちなみにチェックインとは辞書でこうなっている。もともとホテルのチェックインという意味で使われているがこういう意味もある。

「会議の前に、参加者のありのままの状態や感じていること、会議への意気込みを正直に話して共有する時間のこと。」→参照

 私はこれについて"Play Mountain Place" 研修中に学んだ。いいアイディアなので使い、紹介してきている。

 次回は、8月28日(金)午後1時半から4時。詳細はこのページ。

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