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2020年10月 2日 (金)

D-pca/真宗カウンセリングの特質・「二重の配慮」-抜き書きノート-

 D-pcaの実践をどのように言葉にして整理しようか。PCAと仏法(真宗)、そもそも根底的に異なるものを扱っている両者が交流しているD-pcaにおいてこれは私の課題であり続けている。あるひとつの感覚が確かにあるのだが言葉にするのは結構むずかしい。

 ここで心にとまったのが西光義敞先生の「二重の配慮」あるいは「配慮の二重性」である。「心理的配慮」「霊性的配慮」である。この二重の配慮がD-pca援助者に存在している。

 もちろん以前から目にしていたものであるが、その時は、構造に目を向け「二重関係」ととらえていた。が、実践的な方向へ目を向けてみると「配慮」ということになる。今、ここで改めて私の心に止まった。

 まずは、西光義敞『育ち合う人間関係-真宗とカウンセリングの出会いと交流』本願寺出版社 よりそのまま抜き書きする。今後稿を改めて自分の言葉で表現してみたい。

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 (真宗カウンセリングは) (4) 実践的には二重の配慮のうえに行われる。

 ひとつは、カウンセリング一般と共通する心理的配慮である。病んだ心をいやしたい、しばられた心から解放されたい、異常な徴候や行動を正常にもどしたい、もっと心健やかに、心かるく生きたいなど、クライエントは必死であろう。そういうクライエントに、カウンセラーとしての全力をあげてかかわる点において、真宗カウンセラーも他のカウンセラーと変わるところはない。

 もうひとつは、霊性的配慮である。ふつう心理的諸問題は、「生」の次元や人間関係の範囲内で起こるが、「生」の次元に「死」の問題が入り込み、人間関係上の問題を超えた孤独や不安の問題が身心をおおいつくして、クライエントの全存在がおびやかされることがある。人間の心の問題ではあるが、心理的というより深層の、あるいは高次元の、いわば「たましい」の問題に対する配慮である。

 本来、仏教や真宗における配慮とは、この霊性的配慮なのである。生死的存在である人間の本質を心理的に「苦」ととらえ、生死を超え、根源苦を克服することを、仏教は一貫して実践的目標としてきた。真宗もこれから外れるものではない。それのみか、より積極的に万人が等しく生死を超える道を往生浄土の道として公開しているのが、浄土真宗である。

 真宗カウンセラーは表に出さずとも、霊性的配慮を根底におきながら、心理的配慮をなし、また心理的配慮のきわまるところで、容易に、また自然に霊性的配慮に転じることが出来るのである。(p. 223-224) 
(文字強調は山下)
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西光義敞『育ち合う人間関係-真宗とカウンセリングの出会いと交流』本願寺出版社2005 より
 

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