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2021年5月17日 (月)

真宗安心に心をめぐらす一週間だった。

 一週間ぶりの更新となる。この間、法座が連続していた。9日(日)は聖典講座、12日(水)は仏書に親しむ会。浄土真宗華光会の主催である。14日(金)は相生法林寺の別修永代経である。そして、昨日16日(日)は同じく華光会の京都支部法座である。その間にカウンセリング面接もあった。心が揺り動かされて内面では忙しい毎日であった。でも、言葉にするのはむずかしいし、ちょっと面倒。そんな一週間を過ごしていた。

 私の言葉になるが浄土真宗の要は弥陀誓願のおいわれを聞いて信じ喜ぶ心が起きる時摂取不捨の利益に満たされるということである。ここから後の称名念仏は報恩の念仏に変わる。これは紛れもない真実だが次の要点がまた起きる。それが理屈だけのことなのかわが身に実際にどのように起きるのかという要点である。

 これは本当に大きな問題である。そんなことはわかるはずがないというのが1つの立場、いやはっきりとこの変わり目が自分に起きるというのが1つの立場。私は縁あって後者の立場に立つ人たちに巡り会った。そして、この私にもそれは訪れた。ここから後はほんと経を読んでいても法話を聞いてもわが身のこととして味わうことが出来る。思議を超えた大きな智慧が私の中に展開し、今まで見えてこなかった世界が一気に見えてくるのである。お念仏と共に生きる人生を歩んで行くことになる。忘れがちになる私だがいろんなことをご縁にそこにふり戻されていただくのである。

 ところがこれは本当に難しく、希なることでもある。真宗安心は本当に難しい。後者の立場に立つ人はごく少数だ。そんなことが私の心身を廻り廻っていた一週間でもあった。

 それにしても私に頂いたこの心境は否が応でも私の中で生き続ける。そんなことも改めて思った。南無阿弥陀仏。

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