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2021年9月 4日 (土)

私と才市さん

 訪れた石見の浅原才市さんのことが思いに浮かぶ。何かしら私には縁があってふと手にした山本仏骨氏の『妙好人 才市さんの世界』本願寺出版社でそのことを知った。いつのころからはハッキリしないがもう35年は前のことになる。

 

 下駄作り職人をしておられてかんなくずに沢山の言葉が残されている。 山本仏骨氏の文章もあってそのカラッとした子どものような喜びの心境が印象に残った。あみださん、あみださんと心から喜んでおられる様子が心に残っている。純朴な方だなと思った。何か私の一部のような気もした。

 

 そんなことがずっとあって心に残っていて今回訪れてみることになった。実は8年ぐらい前に島根から山口を日本海沿いに1人で旅したことがあったがその時は心に残りながらもパスしてしまった。ちょっと後ろめたい気持ちもあったからだ。

 

 さていよいよその大田市温泉津に着いた。なんか緊張するのが可笑しかった。スターに会うときのような心境かな。現地に着き地図を見る。「才市さんの生家」、「才市さんの像」、「安楽寺」としっかり案内されていた。なんかうれしかった。その案内に沿って町を歩きその像を見つけた。あったと思って近づいたら真ん前に自動車が駐車してあってなにか可笑しかったけれど・・・。銅像の前で写真を撮る。ほんと気恥ずかしいのが可笑しかった。

 

 才市さんのうたはシンプルでほんとカラッとしているがぞっとする言葉がある。像が出来た時に気に入らなくて頭に角をつけてもらったという話しがあるがまさにその心境が表れている。

 

如来の御姿こそ
 かかるあさましき
 私の姿なり
 なむあみだぶつ
 なむあみだぶつ

 

如来はこの真実のない私の心に飛び込んで下さって常に働きづめなのだ。私は苦労をかけっぱなし。

 

悪に悪
 悪を重ねて娑婆でもつくる
 あさましいとは 皆うそよ
 うそだ うそだ うそだ
 わしが涙も悪だ
 善いも悪いもみな悪だ」

 

「わがこころ 見えもせず 臨終に鬼になる。
 こころが鬼となる あさまし あさまし
 あさましいのも うそよの うその皮よの
 うその皮よの 皮 皮 うその皮
 うその皮 うその皮 うその皮
 あさまし あさまし
 あさましいのも うその皮」

 

「これ 才市
よろこびはあてにならぬ
消えて逃げるぞ

 

 そう私の頭で考えたり、心で思ったりすることはみな煩悩のかたまり。ぜんぶうそ(無明)のかたまりなのだ。

 

 ここが真宗聴聞のとても深いところだ。そして、抜けきった味わい。

 

あみだ三(さん)に、あみだ三をもろて(貰て)、なみあみだぶつをも(申)させてくださる」(鈴木大拙『日本的霊性』より)

 

 なんかついつい遠くにしていることを改めて突き詰めて下さったように思う。また才市さんと一味の味わいになれたことを改めて不思議だと思う。 南無阿弥陀仏。

 

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(島根県立出雲古代歴史博物館に直筆が展示されていた)

 

 

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