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2021年12月 3日 (金)

D-pcaカウンセリングは独自の体系をもっているなと思うこの頃

 ここしばらくのカウンセリングで自分の中に去来している感覚がある。まだ充分に言葉に出来ていないけれど、カウンセラーが仏法を基盤にする時、やはり独自のアプローチをしているように思う。ちょっと思いつくままにブレイン・ストーミングをしてみる。

 

Dscn1819

 

・より自然体である。力が抜けている。「する」のではない「ある」カウンセリング。

 

・それぞれの思い(感情、感覚、思考)を深く共有しているカウンセリング。

 

・どの方向に動いていくかはわからないけれどともかくその自然な状態でいる時、満ち足りた感じがあること。動きは必然によって起きていくと安心できる。そのような状態になる。

 

・これはもともとPCAも持っていた特徴のようにも思うけれど、それが仏法を基底にする時、よりその特徴が出て来るもののように思う。

 

・ともかく私たちはどうあってもよい、そのままでいいのだ。私たちは煩悩だらけ、でも、もっとも根底的なところで弥陀に願われている。いわば絶対的な肯定感だ。これらの特徴はそこから出て来るもののように思う。

 

 これらはまだの域を出ていないのは確か。でも次第に明らかになってくる感じだ。昨日アメリカの人たちのグループに参加したときにもより強く思った。今後、実践を重ねながらこれらのことがさらに明らかになっていったらいいなと思うこの頃である。

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