2022年12月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
無料ブログはココログ

« 「真宗安心とは」をあらためて思う-宍粟市西光寺報恩講にて- | トップページ | 謹賀新年 »

2021年12月27日 (月)

12月D-pca研究会-真宗[的]カウンセリングの3つのモデル-

 先日21日はD-pca研究会。いつものようにオープニング・ミーティングを行う。「困っていること」は日常の問題について出された。これは「分かち合い」も含まれていた。「プラン」は継続している西光義敞「真宗カウンセリングの成立」の輪読が出された。

 

 輪読を進めていく。今回は第2の立場「真宗[的]カウンセリング」についてさらに詳しく読んでいった(p.34-)。以下に述べることは私の要約および解釈である。

 

 真宗[的]カウンセリングは、「カウンセラーが真宗の立場に立つカウンセリング」である。焦点はカウンセリングにある。それについてより具体的には2つのモデルが考えられる。一応便宜上前者をA型、後者をB型と呼ぶことにする。(p.34-)

 

 A型は、真宗者であるカウンセラーと、真宗者では無いクライエントとの間で行われるカウンセリングである。一般のカウンセリングには真宗に縁のある方が来られるわけではない。むしろあまり知らない方がほとんどだ。日常生活の問題、心理的な悩みを持ってこられる。それを自分でどうとらえ、乗り越えていくかについて行われるカウンセリングである。目的はその経験によって問題にどう対処していくか、次に起きる問題により適切に対処していくための力をつける。そういうカウンセリングである。つまり、他のカウンセリングとほとんど変わらないカウンセリングなのである。

 

 違いはあくまでカウンセラーの態度にあって、真宗の心を基盤においておこなわれていくカウンセリングである。外面的にはほんと通常のカウンセリングとかわらないのだが、カウンセラーの内面においてはずいぶん違いがある。ひょっとしてこの態度の違いが表面に滲み出てくる可能性は当然ある。ほとんどの真宗[的]カウンセリングはこのモデルである。これらについてはさらに具体的に探求されていく必要がある。

 

 B型は、カウンセラー、クライエント共に真宗者である場合である。双方共に真宗にご縁があり、法を基盤にして行われていくカウンセリングである。2人で聴聞が進んでいったり、日常生活のしんどさを縁にそれらを共有し、探求しながらもそれらを通した仏法の働き、弥陀の本願力を訪ね、聞き合っていくカウンセリングである。双方と仏との関係、人と人との関係という二重関係の醍醐味の中で進んでいくカウンセリングと言える。

 

 この時に注意しなければならないことは、教えについて一方的な説得や説教が進んでしまうことである。また、教義について知的な議論のみに終始してしまうこともある。カウンセラー、クライエント双方共にに気をつけなればならない。 カウンセラーはもとより、クライエントもそのような説教を求めてしまう傾向がある。また、仏法を外して日常生活談義に花を咲かせてしまうことである。これも双方が気をつけなければならない。

 

 「『法』(Dharma)を中心として、あくまで『いま・ここの』の交流関係を重んじる。『法』を中心とするという意味において『真宗カウンセリング』であり、『いま・ここ』の交流関係を重んじるという意味において『真宗カウンセリング』なのである。」(西光p.36)。

 

 これらは参加者の日常場面にまさに相応し、具体的に味わうことが出来た。お寺がバックグラウンドになる方にはまさにこの双方が見られるであろうし、私のようにそうでない場合はほとんどA型になる。まさに今までがそうであった。もっとも最近ではB型のご縁も出来てきている。

 

 そうして、さらにC型が考えられる。これは真宗にまったくご縁のなかったクライエントが真宗者である「カウンセラーの態度や言動、カウンセラーの醸し出す心理的雰囲気や言動、あるいはその他の事物や事件を縁として、クライエントの側に真宗の教えにたいする主体的な関心や要求が起こった場合である。」(p.36)

 

 私と西光義敞先生との関係がまさにそうであった。私は先生のカウンセリング・クライエントというわけではなかったが、研修会や授業を通して、先生の人柄や心理的雰囲気、共感理解的態度に感銘を受けている内に、先生の大きな基盤である真宗に興味を持っていき、主体的にそれを求めてみようという気になった。次々と悩みが起きる自分とは何なんだろうという疑問が起きてきたわけである。そうして、深く真宗に出遇うこととなった。求道しているときの先生の態度が仏法といま・ここの関係が見事に溶け合っていてそれがまさに私の求道を促進したのであった。

 

 次の先生の言葉も味わい深い。

 

「言葉を変えれば、第二の『真宗[的]カウンセリング』の立場は、真宗者がカウンセリングに出会うことによって、真宗のカウンセリング的側面もしくは性格を深く自覚し、真宗者としてのあり方や援助的人間関係の結び方について、反省と洞察を深めたところに成立する立場ということもできよう。」(p.36)

 

 これは常々先生がおっしゃっていることでもあった。もっともカウンセリングとの出会いが先にあった私とはまた違う味わいでもあるなと思うこの頃でもある。

 

 さらに今月では「真宗即カウンセリング」という第三の立場について読み始めていったがこれらについては次回に述べることにしたい。

 

 毎回のことだが参加者一人一人の体験学習と交合する充実して、楽しい時間であった。

 

文献:西光義敞「真宗カウンセリングの成立」(『援助的人間関係』p.29-54所収。『育ち合う人間関係』p.151-188所収)

 

 次回は、2022年1月25日(火)午後7時半~9時半である。場所は当センター。このページもどうぞ。

 

Dscn1926

« 「真宗安心とは」をあらためて思う-宍粟市西光寺報恩講にて- | トップページ | 謹賀新年 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 「真宗安心とは」をあらためて思う-宍粟市西光寺報恩講にて- | トップページ | 謹賀新年 »