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2022年3月10日 (木)

3月D-pca研究会-真宗とカウンセリングが内面で深く交流し合っているひとつの様子-

 ずいぶん前のことになってしまったが、3月1日はD-pca研究会であった。まずはオープニング・ミーティングで「困っていること」、「プラン」、「分かち合い」を出し合った。プランとしては輪読の継続、分かち合いとしては日常生活のことが出し合われた。生活するという事は毎日さまざまなことが起き、それを乗り越えていく。そこにまた味わいがあること。そんなことを思わされた。

 

 継続プランは、西光義敞「真宗カウンセリングの成立」を輪読していった。今回は、今までのまとめが書かれた章である。(p.42-46)。先生の様々な思いが書かれていて一言で表すのは難しい。ここではその中から私が印象に残った部分を引用しておきたい。

 

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カウンセリングは、直接的対人関係を通して行われる援助的臨床実践であるから、「真宗カウンセリング」は、真宗のもつカウンセリング的性格、あるいは真宗者にあらわれるカウンセラー的態度の再認識から生まれてきたものである。真宗にカウンセリングの光をあたることによって新たに浮かび上がってきた、真宗の援助的人間関係実践と言ってもよい。(p.42)

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「真宗カウンセリング」は、真宗の立場に立ってカウンセリングの実践を行うのであるから、真宗カウンセラーは、カウンセラーとしての訓練や体験的学習を経ているか心がけねばならない。(p.42)

一方において絶えず聞法に心がけ、真宗教義の学習にはげむとともに、他方で、カウンセリングや心理療法の体験学習と、心理学の理論学習を怠らないことである。(p.42)

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人間関係における「一致」「受容」「共感」の態度の重要性を具体的に学習するとともに、人と関わっているときの自分、とくにありのままにもなれず、相手に無条件の敬意を払いつつあたたく理解することからもほど遠い自分が、しだいによく見えてきたのである。

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こうした体験を重ねる内に、私は「真宗のこころ」と「カウンセリングのこころ」とが、あい寄りあい、助け、補い合い、溶け合っていることを感じないではいられなくなった。その感じのところを「真宗カウンセリング」と名づけたいというのが、私自身の内部で、主観的にとらえた「真宗カウンセリング」なのである。

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 西光先生と直接に接する中で先生がおっしゃっていたこと、また私が感じとってきたことがそのまま言葉になっている印象を受けて感慨深かった。一部では少し違いを感じるところもある。これらのことをふまえてこれから私の言葉で私の実践を通して明確にしていくことがこれからの私の課題であるなと改めて思う。

 

 いつものように参加者それぞれの体験と照らし合わせながらのやりとりが深くて充実した時間であった。

 

文献:西光義敞「真宗カウンセリングの成立」(『援助的人間関係』永田文昌堂 p.29-54所収。『育ち合う人間関係』本願寺出版 p.151-188所収)

 

次回は、4月12日(火)午後7時半~9時半。場所は当センター。詳しくはこのページをご覧下さい。

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