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真宗

2020年9月15日 (火)

聖典講座とエンカウンターグループ-Zoomで距離を超越した一日-

 先日13日(日)。午後からは浄土真宗華光会の聖典講座。夜10時からは国際エンカウンターグループ。どちらともZoomで行う。自宅に居ながら距離を超えていろんな人たちに会えるのはやはりおもしろい。一方通行ではなくヤリトリ出来るのがいい。

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2020年9月12日 (土)

第5回D-pcaの集い-「人」と「自己」と「仏法」との出会い・出遇い-

呼びかけ:
 D-pca、これは仏教(真宗)と「人間中心のアプローチ(C.R.ロジャーズ)」との深い交流から生まれてくるアプローチです。「仏法を基底にした人間中心のアプローチ」と呼びます。縮めて「D-pca」です。

 私たちは日々悩みの中で生きています。日常生活にあくせくしています。そんな中でその日常生活を一旦止めて、自分を振り返り、探究したい。その中でより成長したい。そう思わないでしょうか。一人で取り組むのもいいですが、その状況や思いを表現し共有する仲間がいるとさらに前進できます。とても大きな支え合いです。さらに一歩進めて悩みが次々と起きる原因について探求しようとは思わないでしょうか。そのような心の要求に応えようとするのがこの集いです。

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2020年8月29日 (土)

8月京都D-pca研究会-内観法-

 昨日は京都でのD-pca研究会。継続プランである西光義敞『入門 真宗カウンセリング』札幌カウンセリング研究会編の輪読を進めた。今回は(十一)内観法(p.243-252)。

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2020年8月25日 (火)

現代日本仏教のドーナツ化-中心がごっそりと抜けてしまっている-

 京都D-pca研究会でのヤリトリをきっかけに現在の日本仏教のあり方について考えさせられることになった。私が出遇ってきたことと現在の仏教現象がズレていると思うのである。それを整理するきっかけになったのが西光義敞先生の「日本仏教のドーナツ化」である。ひとまず次のように分けられている。(西光義敞『わが信心 わが仏道』法蔵館 p.130-132)。私なりの言葉で説明してみたいと思う。

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2020年8月20日 (木)

【お知らせ】第5回「D-pcaの集い」開催-10月18日(日)10時から5時-

 私たちは日々悩みの中で生きています。日常生活にあくせくしています。そんな中でその日常生活を一旦止めて、自分を振り返り、探究したい。その中でより成長したい。そう思わないでしょうか。一人で取り組むのもいいですが、その状況や思いを表現し共有する仲間がいるとさらに前進できます。とても大きな支え合いです。さらに一歩進めて悩みが次々と起きる原因について探求しようとは思わないでしょうか。そのような心の要求に応えようとするのがこの集いです。
 
日時: 2020年10月18日(日)午前10時~午後5時
定員: 8名。
場所: D-pcaセンター 相生市那波東本町6-4 (JR相生駅より徒歩10分)〒678-0056 
参加費: 9,000円(昼食は含みません)

→Facebookページ


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2020年8月18日 (火)

一週間ぶりの更新-内面的に充実はしていた-

 更新しないまま一週間が経っていた。あっという間だった。その間心が動いて充実していたことは確かだ。

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2020年8月 3日 (月)

聖典講座-仏説観無量寿経を通しで頂く-

 昨日は浄土真宗華光会の聖典講座。仏説観無量寿経の総まとめである。いつもは細かく分解しながら読んできたので今回は現代語版を通しで読むことにした。皆で唱和しながら読んでいった。

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2020年7月25日 (土)

聖典講座-仏説観無量寿経-

 少しさかのぼるが先日(19日)日曜日は聖典講座。仏説観無量寿経を頂く。いよいよ最後の締めくくりだ。ここで、釈尊は観想念仏より口称念仏を勧められる。さらに聞名(もんみょう)を勧められる。その名をこころにとどめるように勧められる。罪悪生死の凡夫のため、また後世に滅法の時代に入ってしまった人のために。そして、耆闍崛山(ぎしゃくっせん)に帰られ阿難にもう一度一部始終を菩薩方に話して聞かせるように勧められる。菩薩方はもとより数限りない天人や竜や夜叉も、その説法を聞いてみな大いに喜び、うやうやしく釈尊を礼拝して立ち去ったのである。

 誠に壮大な説法である。観経は浄土往生への観想行について極めて具体的に述べられた経(顕説)であるが、その底には本願他力の力が働いている(隠彰)。それを聞き、その行き届いた弥陀の本願力、お手回しに改めて深く思いをいたした。南無阿弥陀仏。

2020年7月13日 (月)

思えばスピリチュアルだった日曜日

 昨日午前中は真宗ご法座に参加。法話を聞き、Zoomでの座談をする。「南無阿弥陀仏」。これは言葉にしてしまえばこれだけのこと、文字にしてしまえばこれだけのこと。知らなければなんだこんなことと流してしまう。けれども、それって一体何?働きかけているって?疑問を持ち出すととても深い様相をもって私に聞こえてくる。大きな壁となって迫っても来る。私の真の姿を照らし出す鏡でもある。同時に、この私がもう生死の迷いを繰り返さない身となる道でもある。これは間違いなくわが身の内に起きてくることである。動かされていくことである。ここが深いし、面白い。それを常時問うていくことが大事だなと改めて思った次第。

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2020年7月 6日 (月)

相生法林寺納骨堂法要-智慧に照らされて知らされる愚かな私-

 E-ワイガヤの後は、地元法林寺納骨堂法要にお参りする。先祖法要というよりは、そのことを縁として仏法に出遇わせていただく、聴聞させていただく、そんな場だ。4日夜座と5日昼座と2座お参りでき、懇親会にも参加できた。

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