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真宗

2022年9月14日 (水)

四天王寺-最古でモダンな美しさ-

 先日は大阪泊。おなじみの小野剛蔵さんのクラシック・ギターコンサートに寄った後、息子と会い、大阪に泊まった。次の日は四天王寺を訪れた。前回はすごい雨で断念したので再挑戦。いい天気だったがそのぶん暑かった。

 

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2022年9月13日 (火)

鈴木大拙『日本的霊性』-浄土教(真宗)の「信」が日本的霊性そのものである-

 鈴木大拙師『日本的霊性』岩波文庫は本当に面白かった。自覚が深められた。これまた言葉にするのが難しい。それは「信」という深い個人的でありながらも普遍性を持つ体験と関わっているからだ。だから言葉にしないのも勿体ない。ひとまず書き記しておきたい。

 

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2022年9月 4日 (日)

鈴木大拙師『日本的霊性』に没頭していた10日間

 しばらくぶりの投稿。あっという間に10日間が経ってしまった。その間にしていたこと。鈴木大拙『日本的霊性』岩波文庫を読んでいたのだ。きっかけはロシアでのカンファレンスに向けて内容を考えていく内にこの浄土真宗の御法がとても日本的なのではないかと思ったことにある。

 

 師の著書は以前に読んだことがあったがそれを思いだしもっと丁寧に読みはじめてみた。そうするとこれが面白いのなんの・・。ひとつひとつがとても深くて到底さっと読めるものではない。区切りながらひとつひとつ読んでいったらここまで日が経っていた。

 

 師は禅の紹介で世界的に知られた人であるが一方浄土教にも大変詳しい。禅の深い体験と真宗の体験とが見事に統合されてそこからほとばしる師のことばは融通無碍。没頭してしまった。感想はまた後日もう少し発酵してきた上で書くことにしたい。

相生法林寺永代経-生老病死-

 法林寺さん永代経厳修でした。ご講師は外松太恵子師。改めて生老病死の現実を見させられました。同時にそれらが苦であるという御智慧を仏陀から倦むことなく届けてくださっているのにもかかわらずいつも外に追いやっている自分にも改めて直面させられました。まさに愚痴(煩悩具足)の私です。南無阿弥陀仏。写真をどうぞ。

 

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2022年8月25日 (木)

8月相生法林寺での輪読会-法語に心がゆさぶられるだろうか?-

 昨日は相生法林寺での輪読会だった。西光義秀師『私のものさし仏のこころ』探求社を輪読している。8月といえども休みなし。思えば阿弥陀仏の働きは一時も休まれることはない。

 

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2022年8月22日 (月)

D-pcaの成長促進的心理風土について-両者の比較検討から-

 今年もロシアPCA協会主催のカンファレンスに参加する事になった。もちろんオンラインでの参加になる。D-pcaということで発表を続けているが今年もそれを継続。けれども一歩進める形になっている。D-pcaの中核である成長促進的心理風土について両者を比較しながらより詳しく報告してみようと思っている。案をまとめてみた。まずは日本語のもの。

 

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2022年7月16日 (土)

7月相生法林寺での輪読会-改めて私の聴聞をなぞらせていただいた-

 先日7月14日は法林寺での輪読会だった。先月から始まり2回目になる。西光義秀師『私のものさし仏のこころ』探求社を読んでいる。

 

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2022年7月15日 (金)

7月D-pca研究会-成長促進的心理風土のための3条件-

 先日7月12日(火)はD-pca研究会。いつものようにオープニング・ミーティング。プランとしてカール・ロジャーズ/畠瀬直子監訳『人間尊重の心理学-我が人生と思想を語る-』の輪読を始める。シェアリングとして日常の思いが語られた。

 

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2022年7月11日 (月)

煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界-仏法に照らされて内を見ることが必要だ-

 やりきれないことばかりが起きる。身土不二といって仏教は衆生自身とそれを取り巻く世界の両方を扱っている。阿弥陀様はまさに殊勝の仏陀、その阿弥陀様の作られる世界は浄土。一方、衆生(もちろん私)は無明の闇で煩悩具足そのもの。その私達の作る世界はまさに穢土(えど)そのものだ。どこまで行っても穢土なのだ。


 歳を重ねてますますますますそのことを痛感していく今日この頃である。思うに身業(行動)ではたまたま縁があって殺人まではいたっていないけれど、口業(言葉にすること)、意業(思うこと)を観たら、貪り、怒りそのものの私ではないか。業縁もよおさば何をしでかすかわからない。それでも平気で毎日を過ごしている。まさに愚か(愚痴)そのものだ。それは仏の智慧に出遇ってはじめて知らされることであるなと痛感する。西洋文明にどっぷり浸かっている現代社会にはこの内省が大きく欠けている。

 

 

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2022年7月 5日 (火)

法座に囲まれた週末だった-大悲無倦常照我-

 この土、日は真宗法座続き。土曜日は相生法林寺の別修永代経法座。講師は西光義秀師。日曜日は浄土真宗華光会の聖典講座。講師は増井信師。

 私に常に働いて下さる阿弥陀仏の本願力に改めて思いを至らせていただいた。こちらがどうあろうと常に働いて下さる。智慧と慈悲の内にある。南無阿弥陀仏。

 今生において様々な人とのつながりの中からこのような縁に出遇わせていただいたことを改めて不思議に思う。

 

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